Coffee and Cigarettes
2001 / Jim Jarmusch
When I was in college, I wrote about this film for my final report for a film history class. The file of that report was corrupted and can't longer view it, but I found some rough notes I took while watching it for writing final report, so I'm leaving them here. I wrote about the overall content of the film and each of the 11 parts that make up the film.
Coffee, cigarettes, a table, two people (sometimes three people)
All 11 stories are dialogue plays that unfold under these conditions, but there are no same things.
What kind of chemical reaction occurs when different people are placed under certain same conditions?
It appears to be an improvised film, hastily captured on camera a casual conversation that began right there, but in fact, I think it has the feel of a carefully planned experiment, and perfectly contained within a box. It is a very designed film.
Visual information such as the color of the coffee (amount of milk), the type of cup it is in, and how it is held can be immediately seen, and this gives the two people in a conversation their own personalities.
↓now I translation...↓
大学時代、映画史の授業の最終レポートでこの映画について書きました。その最終レポートはファイルが破損してもう見れないのですが、最終レポートのために、視聴しながらとっていたラフなメモが出てきたので、こちらに残しておきます。映画全体の内容についてと、映画を構成する11編についてそれぞれ書いています。
コーヒー、タバコ、テーブル、二人(時に三人)
11編全てがこの条件の中で繰り広げられる会話劇だが、同じものはひとつとして無い。
決められた条件下に異なる人間を入れてみるとどんな化学反応が起きるのか。
すぐそこで始まった何気ない会話を、急遽手元にあったカメラで捉えた即興演出の映画のように見せかけて、実は入念な計画のもとに行われているある種の実験のようなミニマルさ、管理下にあるような、箱内に綺麗に収まっている完璧さのようなものも感じる。丁寧にデザインされた映画だと思う。
コーヒーはどんな色か(ミルクの量)、どんなコップで、どんな持ち方をするかと言うのが視覚情報ですぐにわかり、それが会話を行う二者を個性づけている。
テーブルに黒と白のチェッカー模様があるのと、無地のが出てくるが、このモチーフも状況によって使い分けられているんだろうか。
お互い探り合うような、壁のある会話では前者のテーブルが出てきている気がする。
追記
壁のなさそうに見える会話でもチェス柄のテーブルは出てきたので、この考察は違ったかも。
そうなると唯一チェックのモチーフがどこにも見られなかった2の双子が気になってくる。
コミュニケーションを難儀なものとして捉えている自分にとって、この映画がすごく居心地よく感じるのは不思議なことではない。
人の会話をこんなにまじまじと、さらに複数のパターン見つめられるのはこの作品ぐらいだ。
登場人物は皆どこか居心地の悪さを会話の中で感じていて、それから逃れたくても、テーブルと椅子そして話し相手のいるこの状況ではそれに相応しい会話を進行せざるを得ない。幸いにもコーヒーとシガレッツというお助けアイテムはあるが。
会話が不自然に終わることは許されないのである。
この誰が決めたのかわからないルールに囚われ、それを破ってしまうことで訪れる会話の崩壊を恐れることや、それでもこんな会話をすることをやめられない自分に日々疑問を抱いていたけれど、なんだ自分だけじゃなかったんだと、この映画は安心をもたらしてくれる。
はじめの方に「この映画はまるで実験のようだ」と書いたが、その場合コーヒー、シガレッツという二つのアイテムは、実験を行うために用意された条件として捉えられる。それはそうだと思うんだけど、別の見方もできるように思った。
これら二つは与えられたアイテムであり、会話の存続が危ぶまれる時に任意のタイミングで使用できるものである。
1変な出会い
どこかの誰かの感想で見た、気まずい会話を埋めてくれるコーヒーとタバコっていうのがすごくしっくりくる。
何をそんなに緊張しているのか、何か重要な物事を決める話し合いでもするのか、それともこの後に偉大な人物との対話を控えているのか、そんなに緊張までして会った割には何も起こらずに二人は別れてしまう。
異常に緊張して会話のままならない男と、普通の会話のできる男。
変な組み合わせと変な状況に見えるが、これは前後を省略して会話だけを切り取ったからであって、こういう状況は世の中では割とありふれているのかもしれない。
ちょうどあまり親しくない同級生とかの会話も、そこだけ切り取ってみたら、この映画のシーンと同じようになんで会話してるかわからないのに会話してる二人組、というふうに映るのかも。
会話の必要性とは何か考えさせられる。
追記
途中で席を交代するシーンがあるが、これは相手のことを理解してやろうと思う気持ちが多少あったからだろうか。しっくりこなくて結局元に戻ってはいるけど。
コーヒーカップが大量に置かれた変な男側の席にわざわざ移動するのにはそういう意図があったんじゃないかと思う。
もとの席に戻ったのは、やっぱ理解できないという諦めで、男が帰った後に男が大量に砂糖を入れていたコーヒーを嗅いだのは、そんな理解できない男に対する好奇心の現れなんじゃないかと思う。
嗅ぐという行動自体にそんな意図があるように思われる。
2双子
見た目やファッションのスタイルもそっくりな双子だが、テーブルが映ると見事なまでに反対なのがわかる。
砂糖たっぷりの薄グレーに映るコーヒーとその反対に置かれた真っ黒なブラックコーヒー。タバコの種類や量も正反対である。
その正反対っぷりが二人が赤の他人ではなく双子であることを強調しているようにも見える。
おしゃべりな店員ブシェミがやってきた途端いきなり結束?したかのように見える二人。共通の敵ができると団結するあれみたいだなと思った。
店員が双子に対してヘッケルとジャッケルに似ていると言ったが、この時代の黒いキャラクターは何かと黒人差別に繋がっているケースが多いので、それを意図していった侮辱なのだろうか。
ダンボのカラスも黒人のメタファーらしいし(ヘッケルとジャッケルは正しくはカササギだが)。もしそうなら、ここで二人が結束してさっきまで二人でやっていた対立するような会話を二人対白人店員で繰り広げてたのもわかる。
まあ差別有無にしろおしゃべりでめんどくさいやつだが。
双子の二人の間に割って入っている時点でもそれがよくわかる。
3カリフォルニアのどこかで
医者(元?ミュージシャン)と現役ミュージシャンの、プライドに塗れたまさにチェス盤の上での会話。
医者というと、いつ何時でも成功者のようなイメージがあるんだろうか。
相手に医者になったことは伝えずに、仕事のしんどさ自慢のようなものから始まる会話は本当にプライドに塗れている。
終始プライドの高さが見られるのはミュージシャンではなく医者で、相手がいったなんともない言葉も自分を侮辱するものとして受け取っているのがどうしようもなく虚しい。
多分ミュージシャンとしてうまくいかなくて、同じミュージシャン相手に音楽と関係ない「医者」という職業カードを叩きつけて自分の方が優れていると証明しようとしているんだろうな、そういうふうに見えた。
収入も社会的地位も高いはずの医者の方が必死になっているのは、ずっと人と人を優劣で見るような虚しい人生を送ってきたからではないだろうか。
そんなだといつまで経っても比べることに固執して満たされない。相手の弱みを見つけてやらんとする姿が痛々しい。
あとコーヒーが、会話を終わらせる適切な手段として描かれているのが面白かった。
会話を続けるか止めるか、気まずい会話の中ではなかなかはっきりと選択できるものではないが、コーヒーがそのシステムを担ってくれるのか、という新たな発見があった。
4それは命取り
えー…これに関しては本当に感想が出てこない。
本当にただのおじさん同士の言い合い。
自分と対して変わらない歳のやつからブツクサ説教じみたことを言われると腹立つよな。
日本製の豆食って小言おじさんが吐き出した時に二人して笑ってるおじさんとバカ息子が微笑ましかった。
追記
なんであんまり感想が出てこなかったんだろうと思ったけど、このおじさん二人は気まずさのようなものを感じていなかったからだと思う。
裏がなくて、見えてるままが全てみたいな。
他のでは、お互い思うことがあってもそれを言わずに円満な関係を続けようとするので、心情とそれにそぐわない言葉に違和感があったが、このおじさんはどっちも喧嘩腰で、円満な関係を保とうとしているのではないから本心がそのまま出てくる。
これでも関係がなぜか続いているところをみると、他の人たちが無理やり何かを守ろうとしているのがバカらしく思えてくるな。
5ルネ
他のもとは状況が異なり、テーブル上の会話ではなく、店員と一人でコーヒーとシガレッツを嗜む女性のやりとり。
会話がほぼ生まれる前の状況で止まっているが、女性の明確な敵意が女性の読んでいる雑誌から読み取れるのが面白い。
しかしどうだろう、一人の時間を完全に邪魔されて、次あの男がいつ話しかけてくるのかが気になり、全然没頭できていない様子を見ると、人と人によって起こる状況という点では、これもある種コミュニケーションが生まれていると言えるのかもしれない。
6問題なし
男はなにか欠けたような不安を埋めてくれるような、安心を求めているのかなと思った。
それには対であることが関係している。
2つのダイス、コーヒー2カップ、しかし向かい合う席は空席で、用意された2対の椅子の片方を埋める存在が欲しい。
ただそれだけなので、特に問題があったわけでも、これといって話したいこともなかったが友人を呼んだのではないだろうか。
頼まれてもないのにタバコを相手に勧める、自分が吸っているのと合わせて2対になった。
これでピッタリ2対になったわけだが、その不安な感覚は自分にしかないので共有できず、やはり安心できない。自分だけが不安で、相手は不安ではないから対にならない!
なんかわかる気がするんだよな…こういう感情。
これといって悩み事はないけどただただ心細くて、でもこういう心境になるのって、列を成して歩いている時に自分だけ深い溝にハマって誰も気づいてくれないみたいに思えて余計に不安になる。
でも最後、友人が帰った後に振ったダイスが何回やってもゾロ目で揃うのをみると、ただただ順調すぎてそのことが怖いから誰かに相談したかった男というふうにも見えるな。
7いとこ同士
この短編では、机は無地だけどソファやお盆など別のアイテムにチェス盤のような模様が見受けられる。
やはりチェス盤の表現は会話の下でお互いを探りあっていることの暗示なのだろうか、この顔がそっくりのいとこ二人もそういうふうに見えた。
関係性は違うがお互いに向いている矢印の意味や構造は3のミュージシャンと医者に似ているように感じた。
今度は3と逆で、自由そうに見える側の人間が相手への嫉妬を向けている。
なんでわざわざ会って会話をして、連絡先を確認したり、手紙のやり取りを望むのか。そんな疑問が出るほどに二人は全く気が合っていないように感じた。
社交辞令と、気まずい沈黙を埋めるために出る会話は、本人の意思にそぐわない方向へと物事を進めていく。
コミュニケーションとはある一定の決まりの中である程度レールの上を進んでいくようなものに見えた。
誰に圧力をかけられているわけでもないのに、レールから抜け出したくても、明確な会話の終わりがこないと抜け出せないもので、不自然に降りようものならその会話は違和感まみれになって破滅してしまう。
人は会話の中でそんなことを気がかりに思っているのかもしれない。
8ジャック メグにテスラコイルを見せる
これはメグの完全勝利だな、そういうふうに見えた。
会話をチェスに見立てているのはただの比喩で遊び心だと思っていたけれど、もっと重要な要素なのかもしれない。
チェスにおける勝敗っていうゲームシステムそのものも会話に反映されているのかも。
ジャックは好きなものに熱心だが自信がない。
おそらく科学の知識がないであろうメグに一方的にそういう話をするのは、自分の方が明らかに知識がある分間違いを絶対に指摘されないという安心感があるからではないだろうか。
相手のことを下に見ている分、実際相手にしっかりと知識があり、むしろ相手の方がそれに詳しいかもしれないとわかった瞬間どうしようもなく情けなくなって逃げ出してしまったのだろう。
そこらにいた店員までもジャックより知識がありそうに見えたのがフルボッコすぎて笑う。
最初の地獄みたいな空気。
多分テスラコイルのこと以外を話すのはアウトみたいな空気がなんとなく流れていて、それに触れない限り会話は始まらなければ終わりもしないので席を離れることはできない、みたいなコミュニケーションの不自由さが面白いくらいにわかりやすくて好き。
9いとこ同士?
今まで見てきた会話の中で一番会話が下手で面白かった。
相手に対して全く良い印象を抱いておらず、関係を持ちたくないが、相手を傷つけないために出まかせしか言えない状況がもどかしい。
今までの会話で一番本心を言えない会話のようだったまあ相手が察しが悪くあまりにもグイグイくるので仕方ないが、何度も会話が崩壊しかける危ない会話だった。
「君、ゲイか?」から持ち直せたの奇跡じゃね?
会話が下手だなと思ったのが、自分の好きな監督と繋がりがあるってわかった途端に手のひら返すやつ。
今までギリギリのところで持ち堪えていた会話を自ら崩壊させに行ったのが面白かった。
そんなに監督のことが好きなのかよ…。
でも少し同情してしまう。
片方は自分一人で発見してその時に上がったテンションのままぶつかりにきたので、そら温度差できるよ。
10幻覚
ビル・マーレイが出てくるやつ。
こっちは今まで見てきた中で一番居心地の良さそうな会話だし、オチも含めてコメディ作品みたいなのでライトに楽しめる。
・医者とミュージシャンで、医者は自分が医者になったことを相手に伝えていない
・「寝る前にカフェインを摂ると夢が高速になる」というセリフ
・いとこ同士である
など、これまでの会話を感じさせる箇所が断片にみられたが、それらがこれといって重要であるようには書かれていない。
こういうわかりやすい要素って映画の中ではその映画を読み解くキーのような役割を果たすことが多いけれど、今作では全くその予感がない。
あたかも日常の中で見られる”偶然”のように処理されているのが新鮮で面白い。
11シャンパン
これ大好きなんだよな。
最後の眠りが休憩なのか永遠のものなのか曖昧なところが特に。
ここにもこれまでの話で出てきたものと同じ言い回しのセリフが出てきたり、なんとなくつながりを感じるものがあったけれど、オムニバス形式の本作では各話が独立しているので、これもありがちな偶然を描いているのだろうか。
ここでの会話にはお互いを探り合っているようなものはなく、気まずい沈黙もない。
歳を重ねた故の余裕とでもゆうべきか、それとも会話のペースと与えられた時間がようやく程よく合うようになったのか。
どちらにしろこんな会話は憧れである。